RIDER NOTES

BC-ZR750C乗りの残しておきたいログ

信州|3.ビーナスなライン

霧の道

 カッパを着込んだ僕は、休日ということもあって次から次へとやってくる車たちの切れ目にうまく合流し、いよいよビーナスラインへと繰り出したのである。ビーナスラインとは、元は蓼科有料道路と霧ヶ峰有料道路を併せて呼ぶ愛称なのだが、2002年に全線無料開放された、日本屈指のスカイライン。 などという理屈は、実はどーでもいいのである。10数年ぶりのビーナスラインは、今でも走っていくたびに空にだんだんと近づく、まさに天空の道であった。

 片岡義男氏のように、オートバイに乗ることが極めて個人的な、且つライダーの内部にのみ存在する贅沢な実用性のあるものだと仮定するなら、オートバイに乗り、ビーナスラインのような道を走るということは、それをより鮮明に自覚することなのだと言える。正直に自分の気持ちを吐露するならば、僕はヘルメットの中で何度も叫び、そしてあやうく涙を流しそうになった。初めて北海道を走った時のことを、僕は思い出した。あの時も、僕はヘルメットで何度も意味不明の雄たけびを上げ、そして確実に泣いた。

 見渡す限りの地平線。 あたり一面にはヤマツツジが山肌を飾り、よく見れば、夏の信州の代名詞とも言えるニッコウキスゲの黄色が、もうところどころにアクセントのように群れているのがわかる。カーブを過ごすたびに少しずつ標高は確実に上がっていき、空に近づいていくのが手にとるようにわかる。 ビーナスラインには無料の展望台(駐車場)があるのだが、そのほとんどを僕は見向きもせずに、しかし車がたくさんいたこともあって、少しもの足りないくらいの速度で軽快に道をトレースしていく。一度だけ、せめてこの眺めを高い位置から一枚写真に収めておこうと思い直し、本当に一度だけ展望台に立ち寄った。

 しかーし!!! 眺めがよかったのは八島ヶ原湿原を越えたあたりまでで、そこから、ぐんと一気に標高を上げていき、霧か?と思ったら、あっという間に辺りは霧だらけで前がさっぱり見えないほど(というほどでもなかったのだが)になっていった。

 もうどのあたりなのかさっぱりわからないながらも、目の前に現れてくるカーブをなんとかやり過ごして前に進んでいくと、レストラン(展望台?)らしき所が見えてきたので、緊急停車することに。

 前を走っていたカップルツーリング中の2台も入っていくのが見え、後ろにおぼろげにミラーに見えていた1台もどうやら僕に続いて入るのが背後の音でわかる。(このあたり、もうミラーはほとんど役に立ってなかった)

 霧の中といえば、同じ長野のどこかの峠近く(この諏訪界隈だったようにも思うがどことは正確に覚えていない)で、バイクのタンク中ほどから下のみが霧に飲み込まれた状態で走ったことがある。薄暗い時間帯だったのでライトも何もあったものじゃなく、それでもバイクに乗っている僕の太ももから膝にかけた辺りから下は見事なほど見えず、まるで霧の海の中を浮遊しながら進んでいるような、幻覚のような光景だったことは今でもよく覚えている。当時はGB(クラブマン)に乗っていたのだが、自分の愛機が舟になったような不思議な感覚だった。ただしどこからどこまでが道幅なのかを推し量る手がかりはとても少なく、加えて薄暮が加速度的に濃くなってゆく時間帯でもあったので、内心は冷や冷やものだったように思う。

 このままずっと霧に埋もれるように走るのもどうかと思いながらも、僕は尚も四郎号を美ヶ原に向けて走らせていった。

 扉峠を越えてしばらくすると連続し始めるヘアピンコーナーをどーにかこーにかパスしていくと、そこはビーナスラインのゴールともいえる、美ヶ原牧場にある山本小屋と呼ばれるドライブインである。

 少し霧の流れる広い駐車場の片隅に四郎号を止めてヘルメットを脱いでいると、マイクロバスが次々とやってくる。それらから下りてくるおっちゃんやおばちゃんたちはお揃いかと見まごうばかりトレッキングルックに身を包んでいる。尾瀬にある鳩待峠よろしく、ここがトレッキングの基地になっているようだ。すぐ背後になだらかに迫る牛伏山や鹿伏山(どちらも2000m級)へ目をやると、まだ霧が深そう。振り向いて、今自分が登ってきた山すそをはるかに見やると、どういうわけか霧はほとんど見えず、あれだけ山あいを埋めていた霧はすっかり晴れ、心なしか薄日が差してきているようにも見える。

 あれだけ僕らライダーを悩ませておきながら、遠く離れるとどこかへと消え去っている。 霧とは移り気なものだ。

 ところで話題は変わるが、それにしてもカッパは大正解だった。日帰りツーリングだったら、よほどヤバそうな天気でもない限り持つことのないカッパだが、今回はちゃんと持ってきてよかった~ぁ。しかも、雨用としてではなく、防寒用としても使えるのがカッパのすごいところであ~る。

カッパ万歳。ありがとう芥川龍之介

 さて、ここでウエストバッグにくくりつけた時計を見ると、時刻は午後3時半。そろそろ今日の寝床を模索してもよい時間帯になってきたようだ。

 ここでツーリングマップルを広げて思案のしどころ。目星をつけていたキャンプ場はいくつかあったのだが、いろいろな事情を考慮した結果、松本市街地にもほど近い美鈴湖もりの国キャンプ場を目指すことにした。時間的に、のんびり行けば5時前には着ける計算になる。万が一ここが満員でダメだったりすれば、最悪、松本市内で素泊まりのできる宿を探すまでよ。

美ヶ原林道

 というわけで僕と四郎号は、美ヶ原高原美術館回りで武石峠方面に向かい、そこからはツーリングマップルによれば「カラマツ林の間から北アルプスの眺望」と謳われる美ヶ原林道に入って、一路美鈴湖を目指すことにした。フジサンケイグループの例の目玉マークも燦然と輝く彫刻の森・美ヶ原高原美術館を横目に見やりながら武石峠を目指す道中、道沿いには見事なほどの白樺林。そして見事なほど濡れた路面。

 でもここの白樺林は、今日走ってきた道中ではベストといってもいいほど見事な雰囲気をもった区間だったように思う。空は相変わらず重たそうだし、路面は「2~3時間前には雨降ってました」的メッセージをたたえていたのだが、霧がないだけマシと思えるから不思議だ。おまけに交通量はほぼ皆無。途中で数台のタウンエースがいたのだが、彼らは僕が近づく前にハザードを出して僕に道を譲ってくれる。そして僕も追い抜く際にはきちんと左手を上げて軽く会釈。

 以前の房総半島でもそうだったのだが、どうしてこう僕の選ぶ道は交通量がない(もしくはストレスのないレベル)なのだろう……と思ったあなた! そう! そこのあなたですよ! そんなあなたに答えをお教えしましょう。

 それは、僕が男の中の男、つまり「漢(おとこ)」だからである。

 走っていた途中で巣栗キャンプ場というのがあったのでちょっと心は揺れ動いたのだが、ここは初志貫徹。県道62号線に入って番所ヶ原(スキー場)を越えて武石峠をようやく越えると、突然道の分岐が真正面に現れた。

 ぬおー。ただでさえ地名で方向さえわからないアウェー。おまけによく見ると、左に行くと美ヶ原高原、右に行くと美ヶ原温泉。どう違うんですか? 

 青看板の前でしばし呆然としていると、先ほど僕と四郎号に道を譲ってくれた一台のタウンエースがやって来た。僕と四郎号に追いついた形だ。少しスピードを落とし、左のウインカーを出して、いわゆる「美ヶ原高原」方面へ行こうとしている。

 うーむ、ここは順当に美ヶ原高原方面に行くべきなのか…いや、美ヶ原高原方面が順当というわけではなかろう….などと思いながらその車をぼーっと眺めていると、タウンエースが止まって、ウインドウがうぃ~んと開き、ドライバーのおっちゃんが姿を見せた。そして、

「左に行ったら行き止まりだよ!」

 そう言ったかと思うと即座にウインドウを上げて、彼は美ヶ原高原方面へと走り去っていった。素っ気ない言い方の中にも見えた彼の心遣い。それをダンディズムという。そして、やはり漢である僕には天恵があるものである。しかし、行き止まりだと言った方向に曲がった彼は、どこに行こうとしていたのだろうか。そんな疑問も沸いてきたのだが、彼一流のダンディズムに心の中で最敬礼をし、僕と四郎号は右へと針路をとったのである。

(つづく)