芭蕉のように親しい人たちに見送られながら惜別の念を胸に……とはいかなかったが、気持ちだけは新たに出発。
大垣市役所の脇を走っているということは、地図上ではまさに「大垣市」という位置にいるわけなのだが、
行政区域としての大垣市はすごい形状をしている。
飛び地のほうが明らかに大きいという摩訶不思議な地。そんな地図を見てみると、岐阜市内までのR21はバイパスになっているが、その後はフツーの市街路で岐阜市の外れあたりをクネクネとしばらく走り、山県市へ向かうことになる。そんな感じでここから次のポイントまでめんどくさそうだったので、こんな時はGoogleマップのナビに任せるに限る。
近くの和合ICからR21岐大バイパスに上手く乗り、
木曽三川の揖斐川、そして長良川を越えたら県道173号線~同92号線~同77号線で一路R256を目指す。このあたりはまだまだ街なかの雰囲気。どこの地方都市にでも見られる面白みのない風景がずっと続く。
やっとこさ県道77号から念願のR256へ。とりあえずR256に出ないと話にならないルートだったので、とりあえずコレで先に進める安心感に浸る。
確実に山の方向へ進んでいる感が出てきたあたりで、R256は見えてきた東海環状道・山県ICの前を右折。
すぐさま左折するとますます山の中へ向かってる風情が増してきて、心のなかで「いいよ~いいよ~この調子だよ~」と呟いていたら、
本日2つ目の目的地である岐阜レトロミュージアムが見えてきた。Googleマップよ、ご苦労。
すでにわずかながら人だかりも見え、車やバイクの出入りもあってまずまずの賑わいぶりが遠目からもわかる。
右から入るとレトロ自販機コーナー、左から入ると駄菓子コーナーとレトロゲームコーナーになっている*1。入口にいたお姉さんに聞いてみると、左右いずれに入るにも(共通で)入場料1000円とのこと。観光業や飲食業の方々に言わせると、コロナの余波はまだまだカバーしきれてないと聞く。ここは個人がやっている施設とのことなので、尚更がんばってもらいたいと思い、快く支払って中へGo!*2
どっぷりと「The 昭和」にハマれる館内。久しぶりに「正真正銘のガキ」だった頃の自分に会えたような気がした。ガキなりに大変なこともあったが、自分のことだけ考えていればよかった頃だ。今でも中身は大して変わっていないつもりだが、「ここではこういうふうに振る舞ったほうがいいだろう」などと、ガキにとってはよけいなことばかりが身についたオトナになってしまったことを痛感する。
それでも駄菓子の懐かしさに打ち震えながらいくつか購入し、ゲームコーナーを冷やかしたら、いよいよ隣のレトロ自販機コーナーへ。
タイミング的にここで昼めしにしようと心に固く誓っていたので、どれがいいかなぁと本気で物色。どれもこれも見たことのある懐かしい自販機が並んでいて、迷いに迷う。ハンバーガーにも心惹かれたが、ここは王道のうどんとする。
値段は……500円か、と財布から500円玉を取り出してよく見てみたら、
そりゃそうだ。この自販機があった時代に500円玉は存在してなかった。君は正しい。
すぐ近くにあった機械で両替した100円玉を1枚ずつゆっくり5枚入れると自動で動き始める。硬貨を「1枚ずつゆっくり入れる」と書いたが、こういう自販機のポイントは意外とココなのだ。イマドキの人間はそもそもせっかちが多すぎる。
やがてドシンと音がして、見てみると取り出し口に白い器が見える。本当に27秒かかったのか確かめる術はもうないのだが、早く取れと言わんばかりの客に媚びない機械の態度に感服してしまった。
発泡スチロールの器を持ってみると、意外と熱くない。かといって冷えているという温度でもない。要するに「絶妙に微妙な温度」。
たくさんのお客さんの隙間を縫って空いていたテーブルをやっと見つける。改めて見るうどんは、潔いほど素うどんの風情。
あれ? きつねうどんじゃなかったっけ? と思いながらも、あまりの空腹にすすったうどんは温度だけでなく、決して不味くて食えないわけではないけどおいしくてまた絶対ココでコレを食べようとは思わせないほどの、まさしく「映える(ばえる)」の「ば」の字も、グルメの「グ」の字もなかった時代の食べ物だ。あまりの懐かしさにぼくは涙を禁じ得なかった。
ここで愛する奥様からメッセージ着信。
愛する奥様「どこにいてんの?」
bar「岐阜でうどん食ってる」(上の写真送信)
愛する奥様「え、まさかの素うどん?」
bar「きつねうどんのハズやねんけど」
愛する奥様「きつねはどこ行ったん」
そうだった。きつね捜索開始。そして、すぐさま発見。
bar「麺の下に隠れてた」
愛する奥様「よかった笑」
うどんもスープも特徴も何もあったもんじゃないのに、なぜか油揚げは超絶に美味しい。
そうか。だからきつねうどんは存在意義があるんだ。うどんやだしが美味しければ油揚げの必要性がないから素うどん(かけうどん)が一番美味しいということになる。さぬきうどんがいい例だ。
ぼくが生まれ、育った昭和時代。今みたいにどこもかしこもキレイなところばかりじゃなく、見映えがするオシャレで美味しいものなんかほとんどなかった時代。でも、がんばれば明日は今日よりもよくなると信じることができた時代。
「あの頃はよかった」とか「あの頃に戻ってほしい」とか懐古趣味はないけど、「あの頃に生きられてよかった」とは思う。
(つづく)