rider notes

BC-ZR750C乗りの残しておきたいログ

丹後|2.元伊勢神宮

豊受神社(元伊勢神宮外宮)

 豊受神社の広い駐車場の端っこにバイクを止め、僕たちはあまりの静けさに呆気にとられながら神宮の森へと進むと、これまたえらくなが~~~~い階段。

bar「げ」
Tちゃん「まさかとは思いますが」
bar「何この階段…。こんな階段登るのやめ…」
Tちゃん「ません! 登りますよ!」
bar「…はい

 てなわけで仕方なく登り始めたのだが、上まで登りきると、まぁそれなりに立派な構えの社。そしてふと振り返ると、いにしえの参道と思しき道。

Tちゃん「鬱蒼とした静けさに古道…さすがは元宮です」

  早速社殿に向かって階段を上がるところでも、

Tちゃん「見てくださいよ、この鳥居。何ですか、この鳥居は…こんな鳥居は見たことありませんよ」

bar「…なんじゃこら」
Tちゃん「テキトーに造ったにしては、あまりにも露骨ですもんね」
bar「イマドキじゃあコンクリートで造って、朱塗りにした鳥居もあるくらいやからな。この方が伊勢神宮の元宮らしいんじゃないの?」
Tちゃん「そうですね。コレ、きっと釘とか使ってないんでしょう」

 鳥居をくぐって進むと、いかにも伊勢神宮らしい立派な社殿の横に、ずらりと仏壇のようなものが不気味なぐらいに社殿を囲んで並んでいる。

Tちゃん「うひゃー。こりゃなんですか?」
bar「仏壇や」
Tちゃん「…見たまんまじゃないですか。もっと気の利いたことを言いましょうよ」
bar「…すんまそん
Tちゃん「でも何やら一つずつお酒の紙パックが置かれてますねぇ」

 Tちゃんは興味深げに近づいて一つひとつを覗き込んで、「これ、神社ですよ」。見れば、確かに一つずつ神社の名前を書いた小さな木の札が掲げられている。

bar「さすがは全国の神社の大親分」
Tちゃん「大親分て…」

 ちっちゃな神社の並びに沿うように僕たちは社殿の周りをゆっくりと歩く。とにかく静か。聞こえるのは、風が木々の枝を擦らせる音と自分たちが土を踏みしめる音、そして山の奥から時折聞こえる鳥のさえずる声だけだ。

Tちゃん「ホンマに、ゴールデンウイークなんでしょうか…」

 確かにゴールデンウイークの喧騒とはまるで無縁の世界。ゴールデンウイークなんてものとは全く関係のなかった遠い昔は、もっとひと気のないところだったのだろうか。いや、結果的に人為的で打算的な連休というシステムと時代の流れが、もっと日の目を見ていいはずの伊勢神宮の元宮を、こうまでしたのだろうか。しかし、こういう世界になったからこそ、神々は本来の姿で下界の人間たちの煩悩で彩られた世界を落ち着いて見下ろせるのではないか、とも僕は感じていた…

 かどうかは忘れたが、突然Tちゃんがある建物を覗き込みながら、「あ」というので近づいて僕も、能舞台らしき建物を覗き込む。すると、そこにはふる~い額縁におさめられた、これまたふる~い絵を見た。どうやら地図っぽい。

bar「何コレ?」
Tちゃん「よく見てみてください」

 目を凝らしてみると、左の上に元宮二つ(外宮と内宮)の鳥居のマーク、中央にもいくつか鳥居の記号が描かれていて、右下には伊勢神宮とある。そして、その右横には日の出の絵。それらが一本の太い線で左上から右下に結ばれている。下には「冬至の日、元宮と伊勢神宮を結ぶ東に日は昇る。この神秘」 とある。

bar「こういうことだったのか…。ってことは、こっちが本家なわけだから、日の出る方向(東)の果てに分家(伊勢神宮)を造ったわけね」
Tちゃん「古代の人間の英知ですね。それ以外に説明がつきません…」

 ここに伊勢神宮の元宮があるという理由は、実は発想自体が間違っていた。それを言うなら「なぜ伊勢神宮はあそこ(伊勢)に造られたのか」だったのだ。

 石段を下りていくと、さっきまで無人だった寺務所におばちゃんが一名。元伊勢神宮で初めて発見した人である。挨拶をし、元宮とはいったいなんぞやというようなことを聞いてみると、やはりその名の通り、元々伊勢神宮(外宮)はここにあったということらしい。

おばちゃん「あちら(伊勢神宮)はたくさんの方たちでいつも賑わってますが、ここはご覧の通りです。お友達にも是非こちらにも来ていただけるようにお伝えください」

 とちょっぴり寂しそうに話していた。まぁ友達に話してもあまり来そうにない連中ばかりなので、せめてホームページで紹介します、と心の中で呟いた。

皇大神社(元伊勢神宮内宮)

 僕たちは再び県道9号線を北上し、ものの数分で皇大神社(元伊勢神宮内宮)に到着。普通の民家の軒先をかすめるように細い参道を進み、階段のある手前にあった駐車場にバイクを止める。行き止まりの先にある石段には「元伊勢内宮 皇大神社」というおっきな看板。

 階段の途中でふと振り返ると、湯船山(368メートル)、矢部山(310メートル)、そして大江山に囲まれた小さな集落が見渡せる。

bar「ディスカバージャパンだわ、コレ」

 それにしても階段が長い。先が全然見えない!

 文句を言うヒマもなく登り始めてしまったし、悔しいから戻る気にもなれない。口数少なく重い足取りの僕を尻目に、Tちゃんは嬉々として登り続ける。そして突然立ち止まり、前方を指差して、

Tちゃん「見てください。ご神木ですよ」
bar「ゴシンボク?」

 見ると、確かに石段の途中に一本のご立派な木がある。

 そして黙って何かを考えているふうのTちゃん。

bar「どったの?」
Tちゃん「…いや、それがですねぇ…」
bar「はっきり言いなさい。君の全てを受け入れてあげよう」
Tちゃん「この妙な突起部分なんですが…」
bar「これか?」

Tちゃん「そうなんですが…」
bar「待て。このブログはうら若き女性や有閑マダムも読ん……」
Tちゃん「キ○タ○のフクロですよね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バチアタリモノ!(=゚ω゚)つ)゚∀゚)グァ

 なんたる下劣で煩悩にまみれた発想よ。しかし、Tちゃんの発想にはいつも驚かされる。野球で例えるなら160Km/hの火の玉ストレートで三球三振をとられるような圧倒的な発想だ(よくわからんが)。

 そこからまだ歩かされた先に、ようやく社殿が見えてきた。

bar「やっと着いたよ…」

 境内では神社の方が旅行者らしきおばちゃんとひとしきり話をしていた。元外宮のあまりの寂びれ方に比べれば、こちらはまだ社殿も比較的新しそうだし清潔感がある。まぁその分、別の意味での寂しさがあるのだが。

 僕たちは誰もお金を入れてなさそうな、錆びた有料駐車場の料金箱に心ばかりのお金を入れ、再び県道9号線へと戻ることにした。

宮津を目指して

 ただし方角は一旦南へ。なぜなら県道9号線のこの先(北)にある普甲峠が、被災のため通行不能となっているとの看板がいくつも道沿いに出ていたからだ。ここは少しばかり南に戻り、県道63号線でショートカットしてR176に出てから与謝峠を越えて宮津へ向かおうということになった。

 県道63号線はなかなかおもしろい道だ。ほとんどが1~1.5車線の山道で路面も荒れてない。けど見通しがあまりないから対向車に気をつけなければならないところもある。

 R176はツーリングマップの通り、豪快な快走路。途中工事で片側通行になっていたことを除けば、爽快に走れる広い道だ。僕たちは与謝峠を越えたところにあった休憩スペースへ。道の駅というわけでもなさそうで、第一、施設としてはトイレと自販機しかない。

 休んでいるとVFRに乗ったナイスなおじさまがご到着。話をお聞きすると、池田に住んでいて今日は何にも考えず何にも見ずにふらりとここまで来たとのことだった。僕が和歌山にぶらっと行くようなもんかな。

 VFRが後方排気だったことに驚き、以前は9Rに乗っていたのだが高速で突如黒煙を吐いて終わった…というような武勇伝もお聞きしたりして、お互いの無事を祈って僕たちは別れた。

 いよいよ天橋立。僕たちは勇躍、宮津を目指したのである。

(つづく)