RIDER NOTES

BC-ZR750C乗りの残しておきたいログ

信州|8.九死に一生

 ……どこかから大声が聞こえる……。しかも英語だ……。

 この宿に着いてからというもの日本語をほとんど聞いてないし、ボクもほとんど喋ってない……ストレスが溜まってたら夢も英語になるんや……。

 みんな……起きろ……

 ん? 起きろ? ……なんでやねん……オレは寝たところやねん……

 ……やけに騒がしい……何人もの人間がやたらめったらに走り回ってる……足音が耳元で鳴ってるようだ……やたら、「ファイヤー!」という単語が飛び交っている……

 ……んん?……別の音が聞こえる……

 ……何かが燃えてるような、……バチバチッというような……

 目が覚めた。

 廊下が騒々しい。大声が聞こえる。ただならぬ様子だ。

「ウェクアーップー!!! ファイヤー!!!」

 ファイヤー? やおら起きあがってドアを開け、廊下を見ると、外人さんたちが血相を変えて荷物を抱えて階段を下りていってる。何人かの外人さんたちが、

「ヘイ! そこのボーイ! お前はなぜそんなに悠然と構えていられるんだい?! 日本人はいつもそんなに冷静なのかい?! クレイジーだぜ!」

 と言ったかどうかはわからないが、とにかくそんな騒然とした雰囲気だった。けど、廊下には何かが燃えてるような匂いは全然しないし、煙らしきものが見えるわけでもない。

 するとどこかかから、バチバチバチッ!!! という激しく燃える音がして悲鳴が聞こえ、すぐに外からだとわかったので部屋の中に戻って窓を開けてみたら、

( Д) ゚ ゚

 ところがどっこい、意外とボクは冷静だった。火の粉を見ながらぼんやり考えたのだ。この方角は……坂道の斜め向かいあたりの家だな……四郎号を置いた方角とは反対のハズ。

 のん気に構えていたのだが、外からはキャーキャー悲鳴も聞こえてくるし、大勢の人が消防がどーこーと叫んでいる。遠くからはサイレンが響いてきた! おまけに火の粉の上がり方が……こりゃ尋常じゃなくなってきた!!!

 とりあえず四郎号だけは逃がしておかないと!! 時計を確認するとまだ2時にもなってない。ということは睡眠2時間弱ってところかよっ!!!

 枕元に置いておいた服にすばやく着替え、とりあえず手荷物だけをガバガバッとウエストバッグに詰め込んでヘルメットを持って階段を下りると、ご主人。

ご主人「あ! まだいたんですか?! 燃えてるのは斜め前のお店です。いつこちらに火が移るかわかりません。念のために逃げてください。バイクは坂の上が避難所になってますから、そちらに」

 騒然とした表通りを背中に裏に回って四郎号に乗り、裏道を上って馬籠宿の坂上にあった無料駐車場に四郎号を避難。身の回りのモノと四郎号さえあれば、とりあえずなんとかなる。

 その頃にはようやく消防車もサイレンを高らかに鳴らしながらやってきて、ぐいぐいと坂上(県道7号線)側から下っていく。ヘルメットとグローブを四郎号にぶらさげて、バッグだけを身につけてボクも救急車の後を追いかけるように坂を下っていくと、遠くからも炎が見え、近づくと消火活動をしてくれている方々の怒声やら住民の悲鳴やらが交錯してる。

 ( ゚Д゚)ヒョエー! 宿の前からは、ドえらいことになってるのがわかる……

 宿の前まで戻ると、泊まってた外人さんたちも、近所のおっちゃんもおばちゃんも、それはそれは総出で消火活動の様子を見守ってる。

 見ると、燃えているお店は坂で見れば下の位置にある。風向きによっては郵便局を挟んですぐ上にある『お食事処・馬籠茶屋』(宿の道向かい)にも火は移るかもしれない。部屋に置きっぱなしの荷物をまとめるなら今しかないかも……という考えがむっくりと浮かぶ。最悪の場合、燃えてもいいかと思って部屋に放ったらかしてきたのだが、持って帰れるだったらそりゃ持って帰るぞ!! テントだってストーブだってボクのお小遣いで買ったのだ。

 というわけで、とりいそぎ荷物を宿の玄関まで運んで、いつでも逃走可能の状態に。

 例のオーストラリア人も相方の日本人のおばちゃんと一緒にスウェットのまま宿の前に出て火事を見守ってたが、ボクを見つけると、

オーストラリア人「ヘイ! やっぱり起きてきたんだなボーイ!」
bar「ボーイじゃねえよ。っつか、まだ寝てるバカはいねーよ」
オーストラリア人「そう怒るなよ、シェケナベイベー」
bar「ベイベーでもないぞ」
オーストラリア人「オレたちにはどうしようもないさ」
bar「まぁそれは一理ある」
オーストラリア人「ここは一緒にタバコでも吸ってのんびり待とうぜ、ユー」
bar「こらこら。こんな状況でタバコ吸うか?!」
オーストラリア人「ジャパニーズはいつだって堅いな! さぁオレと一緒に!」

 どこまでもマイペースで不良のオーストラリア人である。

 気づけば3時。出火したお店はほぼ鎮火したけど、火の手は坂下の別のお店へ…

 4時過ぎになってだいぶ火の手はおさまったものの、まだ完全に火が消えたわけじゃないらしく、あちらこちらから燻ってるように煙が立ち上っている。

 地元の方々もまだほとんどが起きてて、『馬籠茶屋』のお客さんである外人さんたちもまだまだ宿の前でたむろってる。確かにこんなに近くで大火事があったら、「もう(ほぼ)完璧に消えました」みたいなところまで見届けないと安心して眠れないのはよくわかる。

 とはいえ、ふと坂の上の駐車場に置いた四郎号のことが心配に。できれば宿の裏手にある駐車場に戻しておきたいと思って宿の裏に回ってみると駐車場には消防車が止まっていてとても四郎号を戻せるような状態じゃない。しかたないから、今夜は上の駐車場に置きっぱなしにしておくしかなさそうだ。

 念のためにまだ消防車がうじゃうじゃいる馬籠宿の坂をえっちらおっちら上って四郎号のもとへ。

 四郎号の無事を確認。坂を下って再び宿へ戻り、またしばらく消火活動の様子を見てたのだが、気が付けばもうすぐ5時。

 ……5時?! ( Д) ゚ ゚

 起きる予定だった時間じゃねーか。

 2時間睡眠で恵那山の周りをぐるりとまわって、そのうえ大阪まで帰るなんてできねーよ……というわけで、燃えてしまったお店には悪いが他の宿の外人さんたちもぼちぼち部屋に帰り始め、肝心のオーストラリア人も、

「やれやれ。今夜はもう寝れないと思ったけど、まだちょっとは眠れるかもしれないな。いい夢見ろよ、ベイベー」

 とボクににこやかに挨拶をして部屋に帰還。ボクも玄関に置いたままの大荷物をえっちらおっちら抱えて部屋に戻ることに。

 とはいえ、戻ったのはいいが、なんだか目がさえてしまったのかすぐに寝る気が起こらない。テーブルの上に置いた、明日の朝用に買った値引きシールも鮮やかなパンと牛乳もすっかり食い終わってしまう。

 それでもやっぱり気になって、窓を開けて燃えてた方を見ると、

 まだ燻ってる…… 。でももう5時を過ぎてる……。これ以上起きてたらチェックアウトの10時ぎりぎりまで寝ることになっちゃう……。万が一また火が出て…と考えると夜着である浴衣に着替える気も起らず、そのまま布団に横になってしばらく天井を見ていたら……記憶がなくなっていたのである……Zzzzz……

(つづく)