
中は当然撮影厳禁だ
エントランスのメインビジュアルにもあるとおり、今年は「瑠璃杯(るりのつき)」(右側)と、あとは「黄熟香(おうじゅくこう)」が目玉である。「黄熟香」(雅号「蘭奢待」)とは香木、要するに「木」であり、見た目だけでいうなら見栄えがしづらいためメインビジュアルには選ばれなかっただけとみた。
階段を上がった第1室から宝物の嵐。繊細さの極地を味わえる「木画紫壇双六局(もくがしたんのすごろくきょく)」、6曲全て展示されるのは約半世紀ぶりという聖武天皇が自戒のために身辺に置いた「鳥毛篆書屏風(とりげてんしょのびょうぶ)」、メインビジュアルにも選ばれていた精緻の極みも映える「平螺鈿背円鏡(へいらでんはいのえんきょう)」、そして「黄熟香」がボスの風格で第1室中央にドンと据えられていて、どれもこれも山盛りの人だかりでなかなか流れづらい状態になっていた。
「黄熟香って何ー?」「あ、ランジャタイね!」「聞いたことあるぅ」「あんたそれ芸人じゃないの?」「あら、違うの?」「ほら、エラい人が切り取ったんでしょ?」「誰だっけ? 信長とぉ」「明治天皇よぉ」「あと、誰だっけ?」「秀吉?」「家康もでしょ?」
などと小声で談笑していたオバア三人組よ。全員まとめて追試だ。
第2室では2度の東大寺大仏開眼会で用いられた「天平宝物筆(てんぴょうほうもつふで)」、第3室では往時の装飾を事細かに図説してくれていた「桑木阮咸(くわのきのげんかん)」、第4室では匠の技が見られる「金銅八曲長杯(こんどうはっきょくちょうはい)」や「磁鉢(じはち)」、そして、トナカイだと思ってたら実はシフゾウの角だった「馴鹿角(となかいのつの)」、また、象の牙だと重宝してたのに実はクジラの肋骨だった「象牙」が存在感を示している。
その後、筆で書いているのに目を凝らさないと読めないのではないかと思えるほど小さく細やかな字で書かれた決算報告書や戸籍などを拝見しつつ、最後の第8室には、コバルトブルーに天才的な角度で光彩を当てて幻想さを醸し出した「瑠璃杯」がただ一つだけ、暗い部屋の中央に置いてあるというラスボスぶり*1。
どれもそうだが、そして、天皇の愛蔵品であるなら当然なのだろうが、とにかく「見えないところにも一切手を抜かない装飾と色彩」が随所に見られて、「まさに本物だな……」と思わざるを得ない。正倉院の宝物は、国宝か否かといった括りとは別次元のところに存在するのだ。
去年は興奮のあまり全て見尽くすのに約3時間かかったのだが、時計を見ると今年は2時間弱といったところ。一つひとつにかける時間じたいをカットしたつもりはないので、部屋の中の人が少ないところから見て回るという手際の良さが奏功したか。
ただし、地階にあるグッズショップのレジ待ちだけは効率さを発揮するまでもなく粛々と並ばねばならないが、これはしかたあるまい*2。

お礼参りに東大寺へ
前々から早めに行っておかねば……と思っていた東大寺。
というのも、当時お土産感覚の軽い気持ちで買った二輪専用の身代交通安全御守を四郎号のハンドル回りに取り付けていたのだが、


今回の無事はそのおかげなのではないか……と周囲からも言われたし、自分でもそうかも……と思えるので、四郎号の供養も兼ねてご報告とお礼を申し上げなければならないと考えていたのだ。
すっかり陽も昇り、暖かさどころか汗ばむほどの陽気を見せる見事な晴天のなか、奈良博から東大寺までインバウンドと鹿さんを全盛期のカズ並みのステップでかわしつつ参道を進撃*3。

入堂料を支払って、いざ大仏殿へ。

もちろんしっかりと手を合わせてお礼とご報告と祈願を済ませ、再び自分と家族の分の交通安全の御守をいただく。ただし、今回ばかりはお土産感覚ではなく、けっこう真剣な面持ちであったことは記しておこう。
もし余力があれば近鉄奈良駅あたりを冷やかそうかと考えていたが、HPもMPも残量はごくわずか、画面も真っ赤になっていたこともあったので、抹茶ソフトで小休止してから帰途につくこととした。

本日の収穫

なるべくモノは増やすなという愛する奥様からのお達しと今回の瑠璃杯押しの狭間で、自分なりにギリギリのところを突いた結果である。
来年はやっぱり愛する奥様と行けるといいな。
(おしまい)
*1:参照URL: https://shosoin.kunaicho.go.jp/search
*2:レジ待ちだけで30分以上かかった。